“私と伝統版画との出会い”

伝統創作版画家 瀧 秀水

 田舎の古美術屋の店先で一枚の浮世絵と出会い、早速その美人画を手に入れました。幕末の浮世絵師 渓斎英泉が描いた濃艶な花魁の美人版画でした。
絵師、彫師、摺師の三者の技が合わさって一枚の絵となる浮世絵版画。
三つの魂が一つになった、世界でもたぐい稀なその絵を見た時、頭の中がしびれるような感覚を覚えました。
その時の感動が今も私の脳裏を掴んではなさないのです。

 描く、彫る、摺るという寸分のずれも許されない浮世絵版画の工程(一般 的に分業制)を、私は一人三役でこなしています。浮世絵は筆線が主体で陰のない手法で描きます。又彫り摺りを修得するには、彫り五年、摺り十年といわれています。その摺りを十日間も続けると体重はおよそ四キロほど減ってしまいます。そんな精根つき果 てるような作業をしてまで、なぜ浮世絵を創作し続けるのですか、と問われたら、私はきっとこう答えるでしょう。

 女性の持つ柔らかい線を壊さないように細心の注意を払いながら、女性の体をいかに美しく見せるか。その中でも女性の和服姿は素晴らしく、そこから生まれる恥じらいや艶美を追求し、女性が放つ不思議な魅力を一枚の和紙にとどめておきたい。私にとってこのうえもないロマンなんです。もっと欲を言えば、男性だけでなく、女性でも手を触れてみたくなるような美しい浮世絵に表現できればと思っています。


 先の折れた切り出し彫刻刀一本を研ぎあげる場合は、五丁程の砥石を使います。荒の砥石で元の刃先までもどし、備水、名倉、目白の順に研ぎ上げ、最後に細の砥石で一時間程かけ仕上げます。何故これほどまでと思われるかもしれませんが、これが自分との戦いの始まりだと思います。この時間が心の試練だと思っています。研ぎ澄まされた彫刻刀は大事に大事に使います。大事に使えば切れ味が持続するような気持ちになります。物の有難さが伝わり大切にする感謝が生まれ、良い仕事ができる気がいたします。これら総ての道具や材料が私の作となって表現できることと信じております。

 私のように独学で江戸の浮世絵版画(多色摺木版画)を収集し研究しながらやってきた者は少ないかもしれません。私のような型破りな人間は日本では認められにくいのかもしれません。

 しかし、'86年から現在までの十年の間に、フランスの'89サロン・ド・パリ大賞や'92ビルフランシュ国際美術大賞をはじめ数々の賞をいただきました。またイギリスの'91ジャパンフェスティバルに招待出品、大英博物館に作品収蔵されるなど、芸術には国境はないということが分かりました。

 '85には「娘十二ヶ月揃」を六年の歳月をかけて完成しました。現在は「刺青藍十二揃」十二作に取り組み、十年になろうとしています。この揃い作はあと二年程で完成させるつもりですが、今後のライフワークとしては「平安の雅」を主題として、日本人がもっている独特の美しさを表現してみたいと思っています。