朝鮮の役におけるエピソード

敵勢が大河をおし渡り、黒田、小西の両陣営に押し寄せたときのことでございます。
剛勇で聞えた敵将「李応理」と、「黒田長政」がむんずと組打ったまま河中に転落、
両者とも鎧の重さに浮かび上がることもできず、
かすかに長政の水牛の前立てのみが、流れに見え隠れする死闘となったのでありました。
時もそのおり、我らが「又兵衛」が、敵を蹴ちらし前線より戻ってまいりました。
泡を食った小西の者が
「貴殿の御主君が、危ないところでござりまする。」と危急を知らせた。
しかしそのとき「又兵衛」は、すこしもあわてず
「我が主君は、たかが一人にひけをとるようなお人ではござらぬ」と、
平然と日の丸の軍扇をうち使い、見物をしておったそうな。
確かに、「又兵衛」の言ったとおり、やがて血に染まった流れより顔を上げたのは、
水牛の前立の兜の主「黒田長政」でありました。
とはいうものの、実際はかなりきわどい勝負のようでございました。
疲労困憊、人手を借りて、ようよう岸に這い上がった「長政」は、
軍扇を手に高見の見物をしている「又兵衛」に、
顔色が一変、頬を引きつらせたのでございました。

しかし、この朝鮮の役での「又兵衛」の活躍はすざましく、
かの「長政」も、
「又兵衛」に対する憎悪を、胸中深く隠さざるを得なかったのでありました。

晋州城攻略戦における一番乗りや、わずか兵力3000の黒田軍が、
十倍もの戦力を誇る明の猛将「解生」の軍に包囲され、まさに壊滅の危機に臨んだ時、
一計を案じた「又兵衛」は、一隊を割いて山へ潜行させ、敵に三方から銃撃を加えました。
これで敵軍は、日本軍の援軍が到着したと錯覚し、慌てて囲みを解いて退却したのでした。
黒田軍が武名を上げ、しかも無事帰還できたのには、
明らかに「後藤又兵衛基次」の、非凡な采配によるところが多かったのであります。
しかしその為、「長政」も面と向かって「又兵衛」へ文句を言えず、
その憎悪感はねじまがり、複雑なものとなったのでした。


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